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2011年3月5日土曜日

【第10回開催報告】小金井で活躍する若者 飯田剛史さん、山中元さん(3/4)

小金井110人のストーリー第10回目は、
「いがねこ」の飯田剛史さん、山中元さんにお話を伺いました。



まずは「いがねこ」の活動紹介からお話ははじまりました。
いがねこはもともと小金井近辺の東京農工大学・法政大学・東京学芸大学・
亜細亜大学の学生が集まって食を中心に小金井を活性化しようという目的を持った団体です。
実際の活動としては、江戸東京野菜を使った料理コンテスト、レシピ作り、
また最近では新しいラーメン作りなどもされているそうです。

そもそもの結成のきっかけは、
3年前の市制50周年に市が開催した
大学生が小金井活性のためのアイデアを出し合うといった
企画に参加したことだそうです。

元々飯田さんの専攻は、化学で大学の中での研究がメインなので、
もっと外に出て何か活動したいと思っていたそうです。
一方、山中さんは建築を専攻しており、都市におけるスローフードに
興味を持っており、そこから今の活動に繋がっているそうです。

ちなみにいがねこの名前の由来は、
小金井=こがねい→いがねこ=井金小
小金井を若者のパワーでひっくり返そうという
意味が込められているそうです。

いがねことしてはじめての活動は
江戸東京野菜を使った料理コンテストです。
レシピを募集して、1次で書類審査、2次で応募者が
料理を作って審査するというものです。
応募は小金井以外からも合計約60通ほどきたそうです。
また反響も多くて、新聞やラジオ等メディアの取材もたくさんきました。

この企画を通して、自分たちいがねこの活動は
市役所やNPO、飲食店の方々などの協力があって
成り立っているということを実感したそうです。

また、企画を運営することばかりで、
それを次に継続していこうとする意識が足りなかったという
反省もあったそうです。



その後は実際に自分たちの手で野菜を売ってお客様の声を聞いたり、
農業についてのシンポジウムも積極的に行っているそうです。

そして現在は江戸東京野菜を用いたラーメンの開発も行っています。
これはもっと若者の野菜を食べてほしいという想いからはじまった企画だそうです。
伝統小松菜を麺に練りこみ、豆乳を使った白湯スープでレタスやトマトが入っていて、
サラダのようにさっぱりとしたラーメンだそうです。

また活動を通して地元の農家の方々との交流もあるそうです。
今農業は農地に高い税金が課せられて、
先祖代々の土地を手放すことも多くなっているといいます。
しかしその様な状況の中でも、
おいしいものを作りたいという想いを持って懸命に続けていらっしゃる方もいるそうです。

このように小金井との関わりが強いお2人ですが、
実はお2人とも小金井のご出身ではないそうです。
大学進学を機に小金井に興味をもち活動をはじめます。
それ以前の小金井への印象は特になかったそうですが、
活動を通して自分たち以外にも様々なおもしろい活動をしている
方々との出会いやつながりができ、印象も変わっていったそうです。

来年度からは主要メンバーの2人が抜けて
山中さん中心に活動を続けるそうですが、
大学の学食に江戸東京野菜を取り入れたり、
野菜直売所のリノベーションなどのアイデアを
実現することを目指していくそうです。

学生が地域に出て活動することの大切さを
改めて考えさせられる回でした。

飯田さん・山中さん、ありがとうございました!




2011年2月19日土曜日

【第9回開催報告】小金井の名店 下村幸枝さん(2/19)

小金井110人のストーリー第9回目は
和菓子屋三陽の女将、下村幸枝さんにお話を伺いました。



もともと三陽一店舗目は目黒で始まったそうです。
そこに弟子入りをして一人前になれば、
自分のお店を持つという流れだそうです。
下村さんのご主人は世田谷の三陽で13年間
修行されて、小金井にお店を持つことになったそうです。

ご主人との出会いは、人の紹介で
出会って1カ月で結婚を決めたそうです。
決めた理由は、ご主人の手を見たときに
まめがいっぱいできていて、これほどまで
努力する人なら安心だと思ったことだそうです。

愛知のご出身である下村さんは、結婚を機に小金井へ移り、
店をはじめた当初は、まわりをみる余裕すらなかっと言います。
それはお店が忙しくて、はじめて現在まで40年ずっとだそうです。

お店で一番の人気商品の麩まんじゅう
誕生の理由は材料屋さんにお麩を紹介されたことだそうです。
そもそもまんじゅうはふかして作るものですが、
麩まんじゅうはゆでて作られています。

作った当初は中からあんこが出てきてしまったり、
食感がよくなかったりしたそうですが、
小金井には昔からゆで饅頭を食べる習慣があり、
店一番の人気商品になります。
メディアなどでも積極的に取り上げられ、
今では遠方からも買いにこられています。



そもそも和菓子はとてもデリケートなものなので、
気温が少しでもちがうと、食感が変わってしまうそうです。

また今お店はご主人だけではなく、
息子さんも2代目として活躍されているそうです。
お店を始めた当初は自分たちではじめた店は
自分たちの手で閉めたいと考えていたそうですが、
今では2代目として頼もしい存在になっているといいます。

毎日ご主人と息子さんの作った和菓子を
見ておられる下村さんは、
見ただけでどちらが作ったものか見分けれるとか。
また今日のできがいい悪いも一瞬でわかるそうです。

40年間お店の切り盛りを休みなくされてきた下村さんですが、
お子様を3人も育てられています。
自分たちだけではなく、地域の方々にも助けられながら
成長していったといいます。

また子育てにはモットーがあって、
男の子には腹いっぱい、女の子には胸いっぱいです。
料理を出すときは常に温かいものを出すように心がけているそうです。
またお店のアルバイトの方々や職場体験にきた地元の中学生にも、
温かいお昼をごちそうしているそうです。



40年間お店を続けていると、
親の付き添いでお店に来ていた子供が
大きくなって自分の子供のために
和菓子を買いに来ることもあるそうです。

そもそも和菓子は、初節句やお彼岸、結納など
人の節目には欠かせないものだといいます。

またお店にこなくとも、
店に来たことがある人が外を歩いているを見ると、
機嫌や体調がわかるそうになったそうです。
40年間続けて、「今が一番大事なとき」を
モットーに続けてこられているそうです。

お話を伺って、
下村さんが地域のお母さんであると強く感じました。
お店の中だけではなく、地域にも目を配っていて、
それが三陽というお店が40年間愛され続けている理由だと思いました。
下村さん、ありがとございました!






2011年2月2日水曜日

【第8回開催報告】小金井でむすぶ新たな輪 伊藤彩さん(2/2)

小金井110人のストーリー第8回目は
はけのおいしい朝市プロデューサー、伊藤彩さんにお話を伺いました。
http://hakeichi.exblog.jp/


もともと横浜生まれの伊藤さんがなぜ小金井に住むことになったのか、
その偶然かつ運命的な経緯からお話は始まりました。

昔から自分のお店を持ちたいと思っていた伊藤さん。
そこで何のお店にするか考えたときに
来たお客様に一定時間楽しんでいただけるようなお店がいいと思い、
飲食店にすることを決めます。
そのためには料理ができなくてはいけないと思い、調理師免許を取ることに。
その後さまざまな飲食店で経験を積み、お店の経営にも興味を持ち始めます。

ここで2回目のゲストanythingの西村さんと偶然の出会いが。
ちょうどその時西村さんはTシャツ塾というレクチャーを行っており、
それに参加した伊藤さんはanythingという会社のおもしろさに夢中になります。
はじめはインターンとして関わり始め、広島などの地方へもTシャツを売りにいったそうです。
そうしているうちにたまたま当時anythingが入っていた両国にある事務所の下の
テナントがあいて、お店をやらないかと誘われます。
しかしanything自体も事務所を移転する時期と重なり、移転先でお店を開くことに。

そして事務所の移転先を探し始めます。
まずは、それまでなじみのあった東京の西側の吉祥寺や国分寺あたりで探します。
しかし自分たちの思う物件が見つからず、何となくたどり着いた小金井で
一目ぼれの物件に出会います。
それが今anythingの入っている物件です。
そこで伊藤さんはおむすび屋を始めることに。



おむすび屋のある場所は住宅街の中にあって、
子供から老人までさまざまな年代の方が訪れていたそうです。
そこで地域の方々とのコミュニケーションや
お店の周りにある野川や武蔵野公園といったはけエリアの
良さを感じ始めます。

そしておむすび屋にきた方々にコーヒーも出してほしいと言われます。
専門ではない中途半端な商品を出したくなかった伊藤さんですが、
おいしいコーヒーが飲めて、おにぎりも食べられると最高じゃないかと思い、
知り合いの出茶屋の鶴巻さんに相談することに。
すると普段クールな鶴巻さんも良い案だと賛同し、いろいろなお店の方々も
巻き込んでいくこになります。

その流れではけのおいしい朝市のコンセプトが生まれてきます。
日曜日の朝の時間を有効活用しつつ、
小金井を知らない人達にも小金井の良さを知ってもらう機会にしたいと
いうのが朝市になった理由だそうです。
そのためには小金井へ行きたいと思うようなイベントにしなければならず、
朝市に出す商品や場所づくりなどのクオリティーはぜったい下げないようにしているそうです。



そして沖縄へ朝市を出張したときに
沖縄の市の人の多さに驚いたそうです。
それは沖縄の情報網が細かく、情報が島の隅々まで届いているからだとか。
東京でもこのような別のあり方を考えなくてはいけないと感じたそうです。

また朝市で大事にしているのは参加者の共感だそうです。
はけという土地の良さをもっと知ってもらいたい、守りたいという
共通の想いを運営している側と参加者の間で共有されているそうです。
同じ想いを持ってそれぞれの役割で活動していくことが、
小金井をもっとよくしていくことに繋がるのではないかと考えられているそうです。

トークの後は伊藤さん手作りのおむすびをふるまっていただき、
参加者の方々と交流しました。


伊藤さん、ありがとうございました!

【第7回開催報告】小金井から活躍するアーティスト 尾引浩志さん(1/28)

第7回アートフル・ジャック!スペシャル
ゲストはホーメイ、口琴、イギル演奏家の
尾引浩志さんです。
http://www.vions.jp/

尾引さんは小金井生まれ、小金井育ち。
ちょっとだけ都内に住んでいた時期もありましたが
また小金井に戻ってきて20年近く経つそうです。

おじいちゃんの代に栃木から小金井へ。
おじいさんの代からの尾引石材店は、
今もおじさんが引き継いで続いています。
小さい頃は、そのおじさんと
よく遊んでもらっていたそうです。

ホーメイや口琴に出会ったのは14〜5年前くらいのこと。
中学校でギターをはじめて、ずっとバンドを続けていたそうです。
でも、ギターは自分で歌うために必要だった程度で、ボーカルがメイン。
バンドをやろうとしても、音楽性がブームに乗ったものではなかったため、
なかなかメンバーが見つからず、一人でやることも。

バンドを変えつつも、自分が歌える状態をつくっていくことから、
大学に入って次第にオリジナル曲もはじめたそうです。
卒業後もバイトをしながら、自分で曲をつくり、歌詞を書き、
「このまま続けて、このまま終わるのかな」と考え始めた時期に
ホーメイに出会ったそうです。

きっかけはヒカシューの巻上公一さんの
ボイスパフォーマンスのワークショップ。
練習の仕方も教えてもらい、ほかにも口琴も始め、
どんどん「倍音」の世界にのめりこんでいったそうです。

当時のバンドにも取りこんでいったそうですが、
なかなか受け入れてもらえず、やがて「倍音好き」の4人を集めた
バンド「倍音s」を始めます。

その4人でホーメイの本場のトゥバへ行ったそうです。
一人ではそこまで勇気はなかったかもしれないけど、
仲間がいたから一緒に行こうという気持ちになれた。
現地ではお祭りやコンテストに出場させてもらったりしたそうです。

4人ではじまった倍音sは、次第にメンバーが減り始め、
現在は尾引さん一人になっています。バンドがないと音楽はできない、と
思っていた考えも、一人で活動するミュージシャンとも出会いも増えてくるなかで変化し、一人で旅をしながら、演奏をするというスタイルを始めたそうです。

倍音sでセッションの面白さにも気がついていた尾引さんは、
NHK教育テレビの番組「あいのてさん」に参加することになります。
鍵盤楽器が中心の野村誠さん、打楽器を使う片岡祐介さん、そして、声の尾引さん。赤、青、黄色の衣装に身を包んだ「音の精=あいのてさん」は
日常にある様々なものを使って音を出して音楽にしていきます。

テレビ番組は1年ほどで終わってしまいましたが、
いまも、あいのてさんは自主的に番組をつくり、
全国で演奏を行っています。

この、あいのてさん、
今後10年間は小金井を重点強化地域にしていくそうです。
どこか一ヶ所に腰をすえて、続けていく面白さがあるんではないかと
考え始めたのをきっかけに、尾引さんの住む小金井に決まったそうです。

10年の期間は尾引さんの息子さんが
来年小学校に入学することから、小学校6年、
中学校3年という成長と共に、あいのてさんも成長していくのが
面白いんじゃないかと考えたそうです。

近い予定では今年9月にあいのてさん祭りが
小金井で開催されるそうです。

これからの展開にも目が離せませんね!

2011年1月15日土曜日

【第6回開催報告】小金井で活躍する若者 プラスガンマ(1/15)

小金井110人のストーリー第6回目は、
東京学芸大学現役学生芸人「プラスガンマ」の
秋田崇宏さん、野村真之介さん、辻響平さんにお話を伺いました。
http://ameblo.jp/heimen1593/


まずはプラスガンマ結成までの話から。
もともと野村さんと秋田さんの専攻が同じで
中学のときから芸人を目指していた野村さんが
秋田さんに声をかけてコンビとしてはじまったそうです。

初めて会ったときの第一印象は、
それぞれ個性が強く三者三様のエピソードでした(笑)

コンビとして初めて出場したコンテストで決勝まで進んで、
芸人としてやっていく自信になったそうです。

ネタ作りはコンセプトを野村さんが作って、
秋田さんと2人で細かい内容を決めていくそうです。

その出来たネタをまず一番に披露していたのが、
先輩の辻さんだったそうです。
辻さん的には2人のネタがおもしろくて、
いつもゲラゲラ笑っていたそうです。

また当時学芸大にはお笑いサークルがなかったので、
自分たちで立ち上げ、今では部員数も30人ほどになるそうです。


そしてなんと芸人1年目で、NHKの深夜番組にレギュラー出演することに。
周りはTVでよく見る芸人さんばかりで、自分たちのネタが理解されないことも・・
しかしそれにもめげず1年間四苦八苦しながら、やり遂げたそうです。

またそれと並行してM1グランプリにも、毎年エントリーして出演しているそうです。
しかし去年やっと2回戦に進んだと思ったら、その年で終了が決まってしまったそうです。

そしてそれまでコンビで漫才を中心に活動したきたプラスガンマですが、
漫才の限界を感じ始め、コントを中心の活動にシフトします。
そこでメンバーとしてかねてから親交が深かった辻さんが加入することに。
誘いを受けた辻さんとしては、これまでの2人の活動をより近くで見てきたからこそ
すぐに返事はできなかったそうです。
しかし誰よりも2人の活躍している姿を見たいという気持ちが強く、加入することを決めます。



3人で活動をはじめて変化もあったそうです。
それは台本を書かなくなったということ。
その場の3人のアイデアでネタを膨らませていくそうです。

そして今年大学を卒業して芸人一本で活動していくプラスガンマですが、
必ずしも事務所に入って、TVに出て、知名度をあげるという流れを
目指しているわけではないそうです。
というのもTV番組自体の数が減っていたり、
お笑いブームがいつまで続くかわからない中で、
自分たちの活動としてはおもしろいネタをとにかく作り続け、
芸人として必要とされる場所で積極的に活動していきたいそうです。

それを強く感じたのが芸人として小学校に呼ばれて行った時のことだそうです。
有名無名にかかわらず、自分たちが芸人としてできる遊びやネタを見せて
喜んでくれる小学生を見て、これからはこのような地域での活動も
積極的に行っていきたいと考えているそうです。

トーク最後はまだどこにも発表していない
新作のネタを披露してくださいました。



学生を卒業し、芸人として
新たな道を切り開こうとしている節目の瞬間に
3人のお話を聞けて本当に貴重な体験でした。
これからも小金井はプラスガンマを応援し続けます!!




2011年1月6日木曜日

【第5回開催報告】小金井でつくる新たな伝統 澤田麻希さん(1/5)

第5回「小金井でつくる新たな伝統」
ゲストは江戸糸あやつり人形劇団「結城座」の
澤田麻希さんにお話を伺いました。
http://www.youkiza.jp/

江戸時代から375年続く劇団の「結城座」は
国記録選択無形文化財と都の無形文化財に指定され、
現在は公益財団法人となっています。

劇団を中核に公益財団法人化した背景には、
これから50年、100年の伝統芸能の未来を考え、
演劇をつくるだけでなく、普及していくことを考えていきたい
という座長の十二代目結城孫三郎さんと澤田さんをはじめ
制作部のみなさんの想いがあったそうです。

結城座は人形遣いと制作部で成り立っており、
人形の修理などは外部へ依頼しているそうです。
人形遣いは江戸写し絵も継承しており、
写し絵師としての修行も行っています。

新作と古典では台詞回しや所作がまったく違うけれども、
動かしている人形の技術は同じ。古典だけでなく新作をやることで、
新作のお客さんにも古典の魅力を伝えたいそうです。

所作や台詞を扱うかは、演目にあわせて組み合わせています。
修練は歌舞伎に似ているそうです。
一本立ちするには、10年はかかると言われる世界。
かつては内弟子制度があり、幼い頃から修練を積んで
成人する頃には舞台に立つことができたそうですが、現在では
その制度もなくなり、20歳前後の方が修行に入ってくるそうです。
生活も修行も厳しい世界、なかなか伝統を引き継ぐ人を
育成するのは難しいそうです。

澤田さんの制作のお仕事とは、出演以外なら何でも。
演目のバランス、場所やスタッフの手配、ギャラ交渉や助成申請、
広報と多岐に渡っています。

大学では西洋音楽を専攻し、ピアノを学んでいた澤田さん。
まずは日本音楽を学ぶ課程をきっかけに伝統芸能の音の世界へ
関心のもったそうです。いろんな伝統芸能を見聞きし、
4年生の秋口に募集のあった結城座へ入ることに。

制作部で入ったとしても、修行したての人形遣いと同じ、下働きから。
制作も自分の企画が通るようになるまでは10年かかるそうです。
「いつか自分の観たい芝居をつくらせてやる」という想いを沸々と秘めながら。

江戸時代には江戸五座に認定され、常打ち小屋をもっていた結城座。
明治以降は小屋をもたずに各所を転々としていたそうです。
戦後すぐに武蔵野市に移ってきたときは自宅と稽古場と事務所が
一緒にあるような場所をつくっていたそうです。

空間の縦横に特有の高さがあり、なるべく安価に使える場所。
このような条件で場所を探して15年ほど前に小金井へ移ってきたそうです。
いまは三階建ての建物を稽古場と事務所として使っています。

後継者不足は人形遣いだけでなく、制作も同じ。
チラシに募集を書いたり、工夫もしているそうです。

小金井市内では、小学校、中学校、大学の三世代に公演を見せるだけでなく、
人形使いとして修行したり、芝居をつくったりする体験を提供しています。
隠された野望は、小金井出身の人形使いを出すこと、と
また、プロでなくとも学生時代に頑張って何かをやったということを
一般の人にお披露目する機会を得ていくこと。
ぜひ、実現していきたいそうです。

結城座の活動や、制作のお仕事へかける
澤田さんの熱い想いを伺うことができました!
ありがとうございました!

2010年12月22日水曜日

【第4回開催報告】小金井から発信するアート 太田素子さん、沖冲.さん(12/18)

第4回「小金井から発信するアート」では、
小金井でアートスペース「モグラグガレージ」を運営している
太田素子さん(オーナー)、沖冲.さん(ディレクター)
にお話を伺いました。


モグラグガレージのはじまりは、
作家として制作場所がある住居を探していた
太田さんらが1階にガレージがある物件と出会ったことでした。

はじめは当初の目的通りに1階で制作をしていました。
通りに面したガレージで制作をしていると、
近所の人などに見られるようになります。

そこから場を介したコミュニケーションの可能性を感じ、
作品を提示する場所へと変化させていったそうです。

はじめはガレージそのままに使いながら、
やがて白い壁も立てるようになった頃から
「モグラグガレージ」の活動として本格化していきます。
(いまも床はガレージそのまま)


あえて「ギャラリー」と言わず
「ガレージ」と言い続けることには、
単なる展示空間ではなく、ものをつくる側から
発信をすることの可能性を模索しているからだそうです。

あいまいな「おもろいもの」が出会う場所。
面白い人と面白い人が出会う場所として、
作品と作家の距離感が近いというのもモグラグの特徴。
食べて、飲んで、寝れる(!)ギャラリーだそうです。

場所を生かすためにも作家とのコミュニケーションを
重視するいっぽうで(ただでさえ狭いアート業界の)
関心ごとに分かれている「玉」をつなげるようなことをしたい。
お客さんも、毎回気合いを入れてつくっているフライヤーを
片手に都内外から訪れるそうです。

ラジオやUstream、雑誌まで発刊するのは
とにかく間口を広くして入ってきてもらって
作家の世界へどっぷりつかってもらうため。
このガレージというハコからどこまで発信できるか、
ということも考えているそうです。


たとえば
海外にモグラグマガジンを売りこんでいく、
下校中にモグラグに立ち寄っていた小学生が
テレビのインタヴューでモグラグの話をする・・・

太田さんと沖冲.さんのお話から、
何度も登場した「おもろいこと」という言葉、
聞いているこっちも「おもろく」なってくるほどでした。

モグラグは今後もいま以上にエネルギーを発信し続け、
今後も「おもろさ」を突き詰めていくに違いありません!
楽しみです!みなさんもお見逃しなくっ!

2010年12月21日火曜日

【第3回開催報告】小金井自慢の子育て!高橋雅栄さん(12/18)

第3回「小金井自慢の子育て」
ゲストは、小金井で子育て支援の活動をされている
子育てサロン@SACHI代表の高橋雅栄さん
http://www17.ocn.ne.jp/~sachi169/
にお話を伺いました。

まず子育てサロン@SACHIの活動についてです。
子育てをするママ達が情報を共有する場所が
必要であると感じ、広場をつくっていく活動を始めました。

高橋さんとアートフルアクションの山田

場所も資金もないなかで、知り合いの家の1階を
つかわせてもらったり、手伝ってもらえる人には
どんどん手伝ってもらったりと
ママ達のちからをすこしづつ合わせて
無理なくみんなで作り上げていくという
スタイルだったそうです。

だんだんと形になり訪れる人が増えるなかで
ただママ同士が情報交換できるだけでなく
専門家から子育ての知識を聞けるような
「まなび」のニーズが高まるなど
様々な動きが出てきたということでした。

子育て支援の屋台村、Hei Say!おさんぽカフェを紹介中です。

そこで出会った才能を持ったママ達の
力をなんとか社会に還元できないかと考え、
現在は小金井市で市民起業支援活動も始められました。

家庭と自己実現と地域への社会貢献を実現でき、
なおかつその人に合った形を共に考えられています。

母のため、熱心に聞き入る息子の姿も(?)

また最近では小金井でホームスタートを
はじめる計画をつくるということも。

ホームスタートとはこどもがおおきくなった
先輩ママが子育て奮闘中のママのところに
行ってお話をするというイギリス発祥の
子育て支援活動だそうです。

常に現場に出つつ、情報収集も怠らない
その姿勢はとてもパワフルで
一緒にお話ししていて
たくさん元気をもらいました。

最後に、これだけのハードな活動に
高橋さんをつき動かす思いとはなんなんだろうと
思い聞いてみると、やはり現場の声は大きな
エネルギーのもとになっているようで
「将来、支援のいらない社会になればいいな」
と語ってくださいました。

現場の「いま」をつくっていくのには
日常を自分で再確認し、そこからより良い環境を目指して
動いていくことの大切さを改めて痛感しました

高橋さん、本当に貴重なお話ありがとうございました!

この日(12/18)は2本立て。
19時半からはモグラグガレージの
太田素子さんと沖冲.さんをお迎えしました。
こちらの様子は別の投稿で…。

2010年12月7日火曜日

【第2回開催報告】小金井で挑戦するお店!西村和弘さん(12/1)

今回のゲストは、帆前掛け専門店
「Anything」の西村和弘さんです。
http://www.anything.ne.jp/index.html

入口すぐのスペースにぎっしり詰めかけたお客様を前に
アートフルアクション事務局の佐藤の司会でトークが始まりました。

西村さんとアートフルアクション事務局の佐藤

まずは、西村さんと前掛けの出会いから話は始まりました。
Anythingを立ち上げ、両国でTシャツの仕事を始めた西村さん、
前掛けに注目したのはほとんど偶然だったと言います。

浅草橋たまたま目についた前掛けにプリントを施し、
自身のウェブサイトに掲載していたところ、
予想外に問い合わせが多く、
次第に前掛けを扱う様になったとのこと。

しかし、本格的に前掛けに取り組もうと考え、
実際に作っている職人さんたちにたどりつくまでは
非常な苦労をされたそうです。

日本の流通では途中段階で、
二重三重に代理店や工場が入ってくるため
間のブラックボックスとも言える段階を溶きほぐすために
一年以上もかかったという話でした。

最終的に、愛知県豊橋市が産地であることを突き止め、
自分の取り組みを直接説明して本気である事を理解してもらい
職人さんたちとの交流が始まります。

一方、前掛け産業の経済的状況を実際にみて
「見て見ぬふり」はできないとも思われたそうです。

Anythingの前掛け。豊橋の職人さんたちとの協力で作り上げています。

当初、前掛けは全く売れず。
東急ハンズにコーナーを作ってもらったものの、
十日間以上売上がない事もあったと言います。

しかし、形だけまねた外国さんの量産品とは違うしっかりした質への理解、
様々なイベントの展開によっての浸透、
不況によって逆に「前掛けの似合う飲み屋」の増加するなど、
次第に売上は軌道に乗っていきます。

しかし、ここで放っておいては単なるブームに終わると考えた西村さんは、
次の一手として海外への紹介を考えます。
地道な売り込みの結果、アメリカで大手代理店に扱ってもらう事が決まった上、
紀伊國屋書店のニューヨーク本店で、展示会の開催も決定しました。

この展示会には、前橋市の職人さんたちも駆け付け、
ニューヨーカーが職人さんたちに握手を求める列ができるほど
大盛況に終わったそうです。
ニューヨークでの西村さんと職人の皆さん

小金井から世界へ前掛けを発信している西村さん。
小金井市の事務所では両国のビジネス街とは違う、
鳥の声が聞こえる環境でクリエイティブな仕事ができていると言います。

取引相手は小金井の外、都心を拠点に活動している方が多い中、
市内を案内してビジネス以外の話もしながら、
小金井の良さを伝えて商談にも生かしているとのこと。

連雀通りから、ドックデコさんの横を抜けてはけの道へ降りていき、
美術館まで歩いて、湧水をみた後に喫茶店による。
そのあと、はけの小道を抜けて農園の間を通り、
Anythingの事務所にたどりつくというのが、
商談相手もリラックスして、話もまとまる必殺のルートとのこと。

小金井と日本のモノづくりの魅力を伝えて下さった西村さん。
参加者からの質問に答えた後、
クイズの正解者にオリジナルバッグをプレゼントくださいました。

アートフルアクションのバッグを参加者にプレゼント


素敵なオリジナルバッグ
小金井から世界へ!をキーワードに挑戦し続ける西村さん。
熱い思いと、小金井の素晴らしさが伝わるトークをありがとうございました!
ちなみに来年は、豊橋の職人さんたちと触れ合うバスツアーを企画されているそうです。
西村さん、ありがとうございました。
さて次回12月18日(土)は2本立て

第3回「小金井自慢の子育て」11:00-
ゲストは、小金井で子育て支援の活動をされている
子育てサロン@SACHI代表の高橋雅栄さん。
http://www17.ocn.ne.jp/~sachi169/

 第4回「小金井から発信するアート」19:30-
続いて、夜の回のゲストはモグラグガレージの
太田素子さんと沖冲.さん

皆様のご来場をお待ちしています!


■ 当日アンケートから

おもしろかったです。1時間半があっという間でした。人のもつ力を思い出させてくれ、信じさせてもくれるよいイベントだと思いました。

西村さんの熱い思いが伝わってきました。「人とのつながり」を大切にしていきたいと思います。

西村さんが人と人とのつながりを大切にされているからこそ今があるということが伝わってきて感動しました。

心でいろんなものやお金や人が動いていくのがすごいなと思いました。それに加えてプレゼンの上手さもある西村さんのバランスの良さもすごいと思いました。

2010年11月24日水曜日

【第1回開催報告】小金井に息づくネットワーク!富永一矢さん(11/20)

11/20、「小金井110人のストーリー」が始まりました!

今回のゲストは小金井雑学大学学長の富永一矢さん。
小金井市内や近郊から集まったお客様を前に、
元小金井市職員鈴木さんの司会でトークが始まりました。
左から鈴木さん、富永さん、アートフルアクション事務局の佐藤

まずは富永さんの幼少期、
現在「はけの道」として知られている地域の、
戦中・戦後が語られました。
紡績工場と小さな集落しかなかった時代の小金井が、
富永さんの軽快なトークで生き生きとよみがえります。

お客様の一人に、当時紡績工場で働かれたいた方が
いらっしゃったこともあり、
「小金井弁」とでも呼ぶべき方言についても再現を交えて話が及び、
会場内からは大きな笑いがあがりました。
(いまも70代以上の方が集まると
自然と「小金井弁」になってしまうとのこと!)

発展と拡大にともなって、「顔の見える」町ではなくなっていきましたが、
小金井には、まだまだたくさんの魅力があります。
自然や歴史のすばらしさが、富永さんも出演されたNHKの『小さな旅』と
朝日新聞の連載記事から書籍となった『中央線の詩』(出窓社)
をひきながら紹介されました。

お客様の一人からも
「中央線の北側にすんでいると南側のことをあまり知らない。」
との声が出ましたが、
富永さんも曰く
「小金井の魅力は、実は市民が一番知らないのでは。」

武蔵小金井についても書かれている『中央線の詩』

小金井を知ってもらうこととつながるのが、
富永さんが行っている人が集まる場づくりです。
30年間続いている鉄道模型の運転会、
その根本にあるのは、「遊びたい人この指とまれ!」
といって集まる「子どもの遊びの精神」とのこと。

子どもの遊びには会則もないし、
毎回来なくて良い、急にふらっと入ってきてもいい。
ルールで縛った組織を作らないことが、
「人が集まる場」につながると仰っていました。
鉄道模型の会でも、何年も来なかった人が
ふらっとやって来ることがあるそうです。

鉄道模型の運動会は、若者にも気軽に参加して欲しいそうです。
特に重いレールを運ぶことができる人が不足とのこと(笑)

トーク終了後も、富永さんの持参された資料閲覧や、
『小さな旅』の上映が行われ、富永さんと観客の皆さんが、
フレンドリーな雰囲気で交流されていました。

終了後の風景
富永さん、楽しくためになるお話を、ありがとうございました。
来場の皆様も、どうもありがとうございました。
是非次回もご来場ください!
富永さん、ありがとうございました。


さて第二回のゲストは、帆前掛け専門店
「Anything」の西村和弘さんです。
http://www.anything.ne.jp/index.html
皆様のご来場をお待ちしております!